マルコによる福音書12章41~44節、ルカによる福音書21章1~4節
イエスは、神殿の庭に座って、「賽銭箱」にお金を入れる人々を見ておられました。一人の貧しい女性がやってきて、小さな硬貨二枚をそっと賽銭箱に入れました。レプトン銅貨二枚、すなわち一クァドランスを入れました。レプトン銅貨二枚は一デナリオンの64分の1です。労働者の一日分の給料がかりに6千4百円だとすれば、一クァドランスは百円、レプトン銅貨は五十円玉と同じくらいです。夫を亡くした彼女は僅かしかお金を得ることができませんでした。だからレプトン銅貨2枚捧げるのが精一杯です。
朝から晩まで、次々と人がやってきてはお金を投げ入れる場所ですから、この貧しい女性の献金など、誰も気に留めないでしょう。ところが、イエスは、わざわざ弟子たちを呼び寄せて言われました。「はっきり言っておく。この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、誰よりもたくさん入れた。皆は有り余る中からいれたが、この人は乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからである」。たくさん捧げたから良い、少ないから駄目ということではありません。捧げる姿勢(心)を問いかけておられるのです。
寄贈:金城学院みどり野会