今日のお題:吉永進一先生より『神智学と仏教』(法藏館、2021年7月)をご恵贈賜る
秘教研究にその人ありと呼ばれる吉永進一先生より、『神智学と仏教』(法藏館、2021年7月)をご恵贈賜りました。誠にありがとうございます。


神智学と仏教 - 法藏館 おすすめ仏教書専門出版と書店(東本願寺前)-仏教の風410年
https://pub.hozokan.co.jp/book/b583552.html
本書は、吉永先生のご単著として記念碑的な著作であり、今日の日を迎えられたことに幸いを覚える次第。
まず、タイトルが素晴らしい。
およそ「神智学」と「仏教」とをならべることは、1本の論文の次元ではできるかも知れませんが、これを一冊の本として構成しようとすれば、そこには深い深い知識の裏付けがないとできないことなのであります。
むろんこれまでも、神智学の側が「こちら」(≒仏教 or オリエント or アジア or 日本)側にやってきて、こんな面白いことをやってたんだよ、「宗教学」が確立する19世紀後半ってホントに恐ろしい時代だねぇ、といったお話しはあったと思います。
しかし本書の特筆すべきことは、そういう「こちら」目線――そもそも「こちら」っていう考え方自体おかしいのですが――だけではなく、先方――だからそういう書き方がそもそも……――の戦略と申しますか、神智学の側が何を目指して、どんな戦略で接近してきたのか、あるいは、こちらからあちらへどうアプローチして、世界展開しようとしていたのかという地球規模の視点からもキチンと議論しているところがポイントなのであり、深い学識に支えられたモノに他ならないのであります。
で、目次は以下のようになっています。
……とまぁ、対象は古今東西、縦横無尽に渡ってらっしゃるわけで、ご本人はあとがきで「宗教学のニッチ産業」と仰っておられますが、むしろミッシング・リンクを接続するご研究であると言うべきかと思う次第。もとよりミッシング・リンクとは言え、決してピルトダウンのようなものではなく、丹念に歴史の地層を発掘し、その幽(かそけ)きピースを繋ぎ合わせた成果であることは言うまでもありません。
「そんな簡単に理路整然と日本の仏教(⊆宗教)が近代化したかのような物語を認めるわけにはいかない」と、堅く思っている方には是非ともお勧めであります。


神智学と仏教 - 法藏館 おすすめ仏教書専門出版と書店(東本願寺前)-仏教の風410年
https://pub.hozokan.co.jp/book/b583552.html
本書は、吉永先生のご単著として記念碑的な著作であり、今日の日を迎えられたことに幸いを覚える次第。
まず、タイトルが素晴らしい。
およそ「神智学」と「仏教」とをならべることは、1本の論文の次元ではできるかも知れませんが、これを一冊の本として構成しようとすれば、そこには深い深い知識の裏付けがないとできないことなのであります。
むろんこれまでも、神智学の側が「こちら」(≒仏教 or オリエント or アジア or 日本)側にやってきて、こんな面白いことをやってたんだよ、「宗教学」が確立する19世紀後半ってホントに恐ろしい時代だねぇ、といったお話しはあったと思います。
しかし本書の特筆すべきことは、そういう「こちら」目線――そもそも「こちら」っていう考え方自体おかしいのですが――だけではなく、先方――だからそういう書き方がそもそも……――の戦略と申しますか、神智学の側が何を目指して、どんな戦略で接近してきたのか、あるいは、こちらからあちらへどうアプローチして、世界展開しようとしていたのかという地球規模の視点からもキチンと議論しているところがポイントなのであり、深い学識に支えられたモノに他ならないのであります。
で、目次は以下のようになっています。
序章 似て非なる他者―近代仏教史における神智学―
第Ⅰ部 神智学の歴史
第1章 チベット行きのゆっくりした船―アメリカ秘教運動における「東洋」像―
第2章 近代日本における神智学思想の歴史
第3章 明治期日本の知識人と神智学
第Ⅱ部 仏教との交錯
第1章 仏教ネットワークの時代―明治二〇年代の伝道と交流―
第2章 オルコット去りし後―世紀の変わり目における神智学と〝新仏教徒〟―
第3章 平井金三、その生涯
第Ⅲ部 霊性思想と近代日本
第1章 仏教雑誌のスウェーデンボルグ
第2章 大拙とスウェーデンボルグ―その歴史的背景―
第3章 らいてうの「天才」
終章 神智学と仏教、マクガヴァンとその周辺
解題 吉田久一から吉永進一へ(碧海寿広)
初出一覧
あとがき
……とまぁ、対象は古今東西、縦横無尽に渡ってらっしゃるわけで、ご本人はあとがきで「宗教学のニッチ産業」と仰っておられますが、むしろミッシング・リンクを接続するご研究であると言うべきかと思う次第。もとよりミッシング・リンクとは言え、決してピルトダウンのようなものではなく、丹念に歴史の地層を発掘し、その幽(かそけ)きピースを繋ぎ合わせた成果であることは言うまでもありません。
「そんな簡単に理路整然と日本の仏教(⊆宗教)が近代化したかのような物語を認めるわけにはいかない」と、堅く思っている方には是非ともお勧めであります。