2015年09月11日 (金)

今日のお題:桐原健真「阪谷朗廬と備中の漢学、渋沢との関係」、公益財団法人渋沢栄一記念財団主催「「備中の漢学」を考えるシンポジウム」、井原市・興譲館高等学校、2015年9月11日

「備中の漢学」を考えるシンポジウム
日程 2015/9/10〜11
開催地 岡山県/倉敷公民館(倉敷市)、興譲館高等学校校友ホール(井原市)
幕末から明治にかけて、備中(現在の岡山県西部)には、著名な漢学者が輩出し自らが活躍するとともに多方面の指導者に大きな影響を及ぼしました。二つのシンポジウムでは、備中出身の三島中洲、阪谷朗廬と近代日本社会の形成に大きな足跡を残した渋沢栄一との関係に焦点を当て、近世から近代への激動期における東アジアの中の日本という視点から備中の漢学の果たした役割を浮き彫りにし、その現代的意味を考えます。

日 時 2015年9月11日(金)午後1時30分〜4時30分
主 催 公益財団法人渋沢栄一記念財団
共 催 興譲館高等学校、二松学舎大学、備中倉敷学
会 場 興譲館高等学校校友ホール
参加費 無料 (事前申込不要)

演 題 備中の漢学―阪谷朗廬、三島中洲、渋沢栄一
パネリスト
桐原健真(金城学院大学)―阪谷朗廬と備中の漢学、渋沢との関係
町泉寿郎(二松学舎大学)―三島中洲、渋沢栄一、二松学舎の関係
見城悌治(千葉大学)―渋沢栄一と漢学、道徳経済合一説
于臣(横浜国立大学)―中国から見た備中の漢学
丁世絃(関西大学大学院―朝鮮から見た備中の漢学
司 会 木村昌人(公益財団法人渋沢栄一記念財団)

「備中の漢学」を考えるシンポジウム|シンポジウム|企画・セミナー等情報|研究センター|公益財団法人 渋沢栄一記念財団
http://www.shibusawa.or.jp/research/project/symposium/post2015_07_29_71119.html

2015年09月06日 (日)

今日のお題:桐原健真「近世から近代へ:金次郎の自然観と現代」(小田原市・生涯学習センターけやきホール、二宮金次郎生誕地記念講演会開催実行委員会、2015年09月06日)

二宮金次郎没後160周年記念ということで、講演会にお呼ばれしました。

金次郎の教え活かす | 小田原 | タウンニュース
http://www.townnews.co.jp/0607/2015/09/05/298321.html

に登壇者が

東北大学大学院名誉教授大藤修氏
金城学院大学准教授桐原健真氏
二宮総本家当主二宮康裕氏

と、記載されておりますが、まぁ、この2番目の人の違和感たるや尋常ではございません。何しろ、人物叢書の執筆者と総本家当主で金次郎の分厚い本を出されてる方とならんでるわけですから。まぁ、全員、東北大つながりではあるんですが。

とは言え、できうる限りのことはやりました。

とりあえず、専論ではなく、金次郎論のコミュニティから外れて話をして欲しいということでしたので、もう完全に当方の独擅場でございます。恐竜が滅亡したり、ど根性大根が出て来たりと自由自在でございます。

基本的には、「自然と決定的に対立する近代的な労働主体の思想をいち早く手に入れた金次郎」という定式に対しては、否を提示できたので、それはそれで宜しかったんではないかと。

で、一応、要旨です。
近世末に確立した金次郎の思想は、「報徳思想」というかたちで近代へと承け継がれた。儒学をはじめとした近世期の諸思想が、明治以降において、急激にその力を失っていったことを考えたとき、その独自性は明らかであろう。

しかしながら、福住正兄によってなされた一連の出版事業に対して、その弟子たちによって批判が加えられたという事実が象徴するように、金次郎の思想の全体像については、その後継者(を自認するひとびと)のあいだにおいても、必ずしも一致するものではなかった。こうした金次郎における思想の正当性をめぐる論争には、農業をはじめとした諸産業に立脚した日本社会を、いかに近代化するかという問題に対するおのおのの立場が現れていると言えよう。

本発表では、近代日本が金次郎の思想をいかに理解しようとしたかを論じ、かつ21世紀の今日において、どのように継承していくことができるのかについて検討していきたい。

2015年09月05日 (土)

今日のお題:日本宗教学会大会(八王子・創価大学)

日本宗教学会大会のために、八王子は創価大学に行って参りました。

今回は、完全な物見遊山でありながら、ほかにいくつかの仕事の打合せなんかしてきましたですよ。学会はとても良い機会なんだねぇ。

とくに大した写真がありませんが、撮ってみた数少ないもののなかから厳選した一枚をお届け。というか、ほかは光量が足りなくておよそ写ってなかったりでしたよ。

2015年09月05日:池田記念講堂.jpg

で、なぜ池田記念講堂なのかと申しますと、最初、友人と連れだって懇親会会場に行こうと思ったらなぜかここに着いてしまって、
「ここかなぁ」
「大きいですね」
「こんな大きな所でやるんだ、すごいねぇ」
「どうにも、びっくりですね」
「……いや、ちがうだろ、絶対」

という、間抜けな会話をしつつ、結局道路挟んで対面の建屋であったことを発見。会場が開くまで、しばし広場で待ちつつ、近況を話し合ったりしてましたよ。なんて学会らしい一コマ。

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