2016年05月29日 (日)

今日のお題:吉田松陽

先日、とある所で、吉田松陰のお話しを一席打ったわけですが、先方の研究所で研究員をなさっている中国出身の方が、「吉田松陰について調べようと思ったら、「吉田松」だけで、予測変換に「吉田松陽」と出てくるんですよね」と言い始めて、ひたすら吉田松陽の説明を始めるではありませんか。

吉田松陽 (よしだしょうよう)とは【ピクシブ百科事典】
http://dic.pixiv.net/a/%E5%90%89%E7%94%B0%E6%9D%BE%E9%99%BD

どうなんですか、それ。

っていうか、おそらく満場でこのネタ分かっているのは、話をしている当人と、当方だけではないのかという凍り付く現場。

まぁ、現代メディア論を専門にしている方に何かコメントさせようというのがそもそもの誤りとも申せます。

で、吉田松陰より吉田松陽の方が有名などという、そんな事態かホントにあるのかと思って、試しに調べてみました。検索エンジンは、中国大陸が誇る百度と、みんなのGoogle先生でございます。

で、まずは、吉田松陽ですが、

 検索エンジン  ヒット件数 
百度111,000
Google123,000

となっております。おおむね同じくらいですかね。まぁ、ローカルな検索エンジンとしては優秀であると申せましょう。

じゃぁ、吉田松陰はどうなんですか〜、と申しますと、

 検索エンジン  ヒット件数 
百度187,000
Google569,000

となっております。

えっと、百度での吉田松陰のヒット数がエラク低いんですが…。おおむね、googleの1/3くらいしかありません。

つまりは、吉田松陽は、百度では、googleの3倍有名であるともうせます。そりゃ、予測変換の第一位に来るはずでございます。

なんと申しますか、百度恐るべしと申しますか、どんだけサブカル天下なんだろうなぁと思う次第。


2016年05月07日 (土)

今日のお題:桐原健真「帰一協会の思想史的意義とその可能性:渋沢栄一を軸として」、パネル6「帰一協会と渋沢栄一」、東アジア文化交渉学会・第8回年次大会、2016年5月7日、吹田市・関西大学

すっかり忘れていましたが、バタバタと発表をしてきたのでした。

正直、自分が何をやっているのかよく分からない日々が続いておりますが、とにかく生きておりますので、どうぞ今後とも生温かくお見守り下さいますよう。

で、要旨でございます。
「階級、国民、人種、宗教の帰一」を合言葉とした帰一協会は、その広範な参加者を得ながらも、必ずしも大きな成果を残さなかったようにみえる。

たしかに、協会の経済的支柱であった渋沢栄一の死去や、思想的中心としての姉崎正治の東大退職などがあった1930年代には目立った活動がみられず、「姉崎博士の帰一協会」は「失敗」(『読売新聞』1936年3月20日朝刊、5頁)であったとすら言われた。

しかしこの時期、一方では谷口雅春や伊藤証信らによる「万教帰一」や「万教共和」の運動があり、「帰一」という志向自体が社会から失われたわけではない。

本報告は、渋沢や姉崎による諸教説の「帰一」という試みを再検討し、近代日本の宗教空間における一つの「対話」であった協会の思想史的意義を明らかにすることを目指すものである。このことは、今日、なおいっそうその可能性が問われている宗教間対話の検討に資するものとなろう。

要旨ですので、実際の発表とはいたく異なりますが、なんとも恐縮です。

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