研究テーマ

1. 筋細経神経からの侵害性入力により誘起される反射性呼吸修飾へのオピオイド類の関与

臨床的な痛みの問題は単なる知覚としての問題にとどまらず、身体機能全体に関連することが予想されます。それを示す一例が、筋求心神経からの侵害性入力によって誘起される反射性の呼吸抑制相です。この反射性呼吸抑制相の大きさは、呼吸レベル促進時には顕著に減弱されるので、刺激前呼吸レベルがその大きさを決める重要な要因であると考えられます。しかしながら、呼吸抑制作用が知られるモルヒネ投与後にも反射性呼吸抑制相の減弱が認められるので、オピオイド系を介する修飾機構の存在が推測されます。麻酔下、人工呼吸下で横隔神経放電を呼吸の指標として観察するという私たちの実験系において、モルヒネによるこの反射性呼吸抑制相の減弱作用と安静時呼吸の抑制作用は、タイプ選択的拮抗剤を用いた実験から、ともにκ受容体を介した作用であることを示唆する結果を得ました。

1)Morphine inhibits resting respiration, but it attenuates reflexiverespiratory suppression in anesthetized cat through κ-receptor.
Kozaki, Y., Tadaki, E., and Kumazawa, T.
Jpn. J. Physiol. 50: 615-624,2000.
(doi:10.2170/jjphysiol.50.615)

2)Effects of prestimulus respiratory levels on inhibitory respiratory response by nociceptive muscular afferents.
Kozaki, Y., Tadaki, E., Koeda, T., and Kumazawa, T.
Jpn. J. Physiol. 50: 605-613, 2000.
(doi:10.2170/jjphysiol.50.605)

3)Effects of morphine on respiration and blood pressure by different opioid receptor subtypes.
Kozaki, Y., Tadaki, E., Kumazawa, K., and Mizumura, K.
Environ. Med. 44: 12-15, 2000.
(https://repository.exst.jaxa.jp/dspace/handle/a-is/41522)

 

2. 痛覚修飾機構の解明:侵害受容器に発現するプロスタノイド受容体のクローニングと細胞内情報伝達機構の解析

生体防御警告系でもある痛みは、医学における永遠のテーマです。痛みや痛覚過敏は、炎症をはじめとする各種の侵害刺激によって内因性の炎症メディエータが細胞間隙に放出されることによっておこります。ブラジキニンはそうした炎症メディエータの1つであり、もっとも強力な内因性発痛物質の1つとして知られています。プロスタグランジンPGE2もそのような炎症メディエータの1つですが、単独では痛みをひき起こさず、侵害受容器を感作して痛覚過敏を起こすと報告されています。

イヌ内臓神経in vitro標本を用いた電気生理学的実験結果から、ブラジキニンに対する痛み受容器の反応がプロスタグランジン受容体EP3のアゴニストによって増強されること、cAMPを増加させると抑制されることが報告されています。この現象の細胞内メカニズムを明らかにする目的で、まず、イヌ脊髄後根神経節細胞からEP3cDNAをクローニングし、2種のバリアントEP3A (GenBank Accession Number: AY333179)EP3B (GenBank Accession Number: AY333180)の塩基配列を明らかにしました。次に、このイヌEP3マウスブラジキニンB2受容体を共発現する培養細胞系において、ブラジキニン反応に対するEP3アゴニストの作用を調べました。ブラジキニンを短い間隔で繰り返し投与すると2回目以降の反応は著しく減弱(脱感作)されます。EP3アゴニストはこのブラジキニン反応の脱感作を軽減しました。このEP3アゴニストの作用は百日咳毒素に感受性を示すこと、蛋白キナーゼA阻害剤による前処置もブラジキニン反応の脱感作を軽減することから、Gi蛋白を介した細胞内シグナル系が脱感作の軽減に関与することが示唆されました。
(本研究の一部は科研費(12670057)の助成を受けたものです。)

1) Molecular cloning of prostaglandin EP3 receptors from canine sensory ganglia and their facilitatory action on bradykinin-induced mobilization of intracellular calcium.
Kozaki, Y., Kambe, F., Hayashi, Y., Ohmori, S., Seo, H., Kumazawa, T., and Mizumura, K.
J. Neurochem 100: 1636-1647, 2007.
(doi:10.1111/j.1471_4159.2006.04320.x )

2) Activation of prostaglandin receptor EP3 augments the response to bradykinin by attenuating the desensitization of bradykinin B2 receptor (Abstract). 
Kozaki, Y., Kambe, F., Seo, H., Kumazawa, T., and Mizumura, K..
J. Physiol. Sci. 57 (Suppl.): S112, 2007
(doi:10.1016/j.neures.2007.06.1300

3) Activation of prostaglandin receptor EP3 inhibits the bradykinin-induced B2 receptor sequestration (Abstract). 
Kozaki, Y., Kambe, F., Katanosaka, K., Seo, H., and Mizumura, K.
Neurosci. Res. 58 (Suppl.): S125, 2007.

 

3. プロスタグランジン受容体EP3を介したブラジキニンB2受容体の脱感作減弱機序

内因性痛み物質の1つであるブラジキニン(BK)を繰り返し投与するとBK B2受容体の脱感作がおこります。プロスタグランジンE2EP3受容体を介してこの脱感作を減弱し、結果として痛みの増強をおこします。本研究は、このEP3受容体を介したBK B2受容体の脱感作の減弱、すなわち痛みの増強を導く細胞内メカニズムを解明することを目的とし、B2受容体とB2受容体を介したBK分子の細胞内移行に注目したものです。

緑色蛍光蛋白質(GFP)でタグ付けしたB2受容体とEP3受容体を共発現するCHO細胞において、細胞膜部に観察されるGFP由来の蛍光強度は、BK投与開始5分後から有意に減少しました。この時、B2受容体はBKと結合して細胞内へ移行したと考えられます。BKによる細胞内カルシウム上昇反応は、投与開始45秒後に最大となるので、B2受容体の細胞内移行はBKによるカルシウム上昇反応の後に起こる過程であることがわかりました。また、このB2受容体の細胞内移行は、EP3アゴニストONO-AE-248前投与(BK投与3分前)あるいはプロテインキナーゼ(PK)A阻害剤H-89による前処置(BK投与前20分間)によって抑えられ、B2受容体は細胞膜部分に留められるように見えます。

BKB2受容体と結合して細胞内へ移行するので、細胞内に移行したBKの総量は、BKと結合して細胞内に入った延べのB2受容体の量を反映すると考えられます。そこで、GFP-B2受容体とEP3受容体を安定的に共発現するCHO細胞において、[3H]BK15分間投与した場合に細胞内に移行する[3H]BKの割合を調べました。H-89を前投与した場合、[3H]BKの細胞内移行が減少したので、PKA阻害剤は、[3H]BK-B2受容体の細胞内移行を抑制することがわかりました。B2受容体の細胞内移行の過程にはPKAの活性化が関与すると考えられます。ONO-AE-248の前投与では[3H]BKの細胞内移行の抑制は見られず、EP3アゴニストはPKA阻害剤とは異なる作用機序をもつことがわかりました。

同じ実験系で、受容体インターナリゼーション阻害作用が知られるコンカナバリン(ConAを前投与した場合、細胞内に移行する[3H]BKの割合は予想通り減少しました。ConAとともに ONO-AE-248を投与した場合は、[3H]BKの細胞内移行はあまり阻害されませんでした。EP3アゴニストはConAの作用に対して拮抗的に働くように見えます。

以上の結果から、EP3受容体を介したプロスタグランジンのB2受容体脱感作減弱機序は、PKA阻害剤とは異なる作用機序を含み、B2受容体の細胞内移行とリサイクリングの両方の作用を促進して、BK反応を増強する可能性があると考えられます。
(本研究の一部は科研費(20602007)の助成を受けたものです。)

1)The bradykinin (BK)-induced desensitization and sequestration of BK B2 receptor is decreased by activation of prostaglandin EP3 receptor
Kozaki, Y., Kambe, F., Suzuki, Y., Katanosaka, Mizumura, K.
J. Physiol. Sci., 59, (Suppl.1), 374, 2009. (Abstract)

2)A possible role of prostaglandin in the recycling of internalized bradykinin B2 receptor through EP3 receptor.
Kozaki,Y., Suzuki,Y., Katanosaka,K., Mori,M., and Mizumura,K.
Neurosci..Res. 68 (Suppl.1): e162, 2010. (Abstract)

3Prostaglandin E2 negatively regulates AMP-activated protein kinase via protein kinase A signaling pathway.
Funahashi, K., Cao, X., Yamauchi, M., Yasuko, K., Ishiguro, N., Fukushi Kambe, K.
Prostaglandins Other Lipid Mediat., 88: 31-35, 2009.
(doi:10.1016/j.prostaglandins.2008.09.002)

 

4. 繰り返し寒冷ストレスによる痛み受容器の末梢性感作に関する網羅的遺伝子発現解析

慢性関節リウマチや遅発性筋痛などによる可塑的変化―痛覚過敏は、各種環境ストレスによりさらに修飾されると推測されます。本報では、環境ストレスモデルとして、繰り返し寒冷ストレス(RCS)に注目しました。RCSは、痛覚過敏と血圧低下を引き起こし、副交感神経緊張亢進型の自律神経失調モデルとして知られています。その発生機序は、主に、下行性疼痛抑制系の抑制-すなわち中枢性の機序によるものと考えられてきました。本報では、末梢性痛覚感作機序の存在の有無を明らかにすることを目的としました。

SHRSP5/DmcrラットにRCSを負荷して痛み受容細胞(脊髄後根神経節細胞、DRG)における遺伝子の発現変化をcDNA サブトラクション法とDNAマイクロアレイ法を用いて解析しました。その結果、8種の痛み関連遺伝子に有意な発現変化が認められました。DRGにおいて痛み関連遺伝子の有意な発現変化が検出されたことから、これらの痛み関連遺伝子の少なくとも一部はRCSによる痛覚過敏の末梢性感作機序に重要な役割を果たす可能性があると考えられます。
(本研究は科研費(23590724)の助成を受けたものです。)

1Peripheral gene expression profile of mechanical hyperalgesia induced by repeated cold stress in SHRSP5/Dmcr rats.
Kozaki, Y, Umetsu, R, Mizukami,Y, Yamamura A, Kitamori, K, Tsuchikura, S, Ikeda, K, and Yamori, Y.
J. Physiol. Sci. 65(5):417-425, 2015.
(doi: 10.1007/s12576-015-0380-9)

2Mechanical hyperalgesia induced by repeated cold stress in SHRSP5/Dmcr rats: PCR-based cDNA subtraction analysis for peripheral expression changes in pain related genes
Kozaki, Y., Umetsu, R., Mizukami, Y., Yamamura, A., and Kitamori, K.
J Physiol. Sci., 64, (Suppl.1), S157, 2014. (Abstract)

 

5. 痛覚系において脂肪酸はシグナル分子としての役割を持つか

オーファンGタンパク質共役受容体のリガンド検索により、複数の遊離脂肪酸受容体の存在が明らかとなりました。長鎖脂肪酸受容体 Ffar1については、下行性疼痛抑制系(中本ら、2015)や疼痛モデル動物における鎮痛(栗原、2015)に関与する可能性が報告されています。さらに、DHAが脳内で脂肪酸受容体Ffar1を介してβ-エンドルフィンを放出させ、疼痛を抑制することを示唆する報告(西中ら、2013)や血液中(n-6)/(n-3)比が膝痛のレベルと関連するという臨床報告 (Sibilleら、2018) もあります。脂肪酸のシグナル分子としての役割が注目されるようになってきました。

SHRSP5/Dmcrラットに高脂肪・高コレステロール食(HFC)10日間摂取させると、摂取開始23日後から痛覚過敏が観察されます。HFC餌中の総脂肪酸量は、通常食の2倍以上でしたが、血清中総脂肪酸量では、HFC摂取群と通常食群に有意な差は認められませんでした。血清中脂肪酸(n-6/n-3)比については、HFC摂取群の値(13.04)は、通常食群(6.42)と比べて有意に高いものでした。Sibilleらは、ヒトにおいて高い痛みレベルグループでは、9.92、低い痛みグループでは5.08と報告しています。血液中脂肪酸レベルは、種を超えて痛み感覚に関連すると推測されます。

HFC摂取群の血清中脂肪酸含量を通常食群と比べると、16:0181の有意な増加、20:4n-622:6n-3DHA)の有意な低下が検出されました。中でもDHAは疼痛抑制作用を持つことが報告されており、DHAに対する親和性が高い長鎖脂肪酸受容体Ffar1が、血液脳関門を欠く視床下部・延髄にも発現していることから、血中の脂肪酸が痛覚修飾機構においてシグナル分子としての役割を果たす可能性が高いと考えられる。

(本研究は科研費(18K07399)の助成を受けたものです。)

1Mechanical hyperalgesia induced by a high-fat-cholesterol diet in SHRSP5/Dmcr rats: possible involvement of fatty acids in serum
Kozaki, Y., Miyazaki, T., Miyazawa, D., and Kitamori, K.
J. Physiol. Sci., 71, (Suppl.1), S105, 2021. (Abstract)

2Cutaneous mechanical hyperalgesia induced by a high-fat-cholesterol diet in SHRSP5/Dmcr rats: upregulation of Mss4 in dorsal root ganglion cells
Kozaki, Y., Hasegawa, Y., Mizukami, Y., Umetsu, R., Ishikawa, C., Nakagawa, Y., Morikawa, Y., Yasue, H., Yamamura, A., and Kitamori, K.
 

J Physiol. Sci., 63, (Suppl.1), S162, 2013. (Abstract)