コラージュ療法(collage therapy)
心理療法とは
コラージュ療法は,心理療法の一分野である芸術療法に属する方法である。まず,心理療法とは,19世紀の終わり頃から20世紀の初めにかけて,フロイトの始めた精神分析から発展したものと言ってよいだろう。フロイトは,『精神分析入門』の冒頭で次のように定義している。
「精神分析では医師と患者の間に言葉のやり取りがあるだけ。患者は過去の経験と現在の印象について語り,嘆き,その願望や感情の動きを打ち明ける。医師はこれに耳を傾け,患者の思考の動きを指導しようと試み,励まし,その注意を特定の方向へと向かわせ,そしていろいろと説明してやり,その時に患者が医師の言うことを了解するか,あるいは拒否するのか,という反応を観察する。」
つまり,精神分析(心理療法)とは,医師(カウンセラー)と患者(クライエント)との間で対話(コミュニケーション)そのものである。フロイトはその対話の手段を「言葉のやり取りだけ」と考えたが,その後,芸術療法家は,言葉以外の様々な方法(絵画,箱庭,粘土,音楽,ドラマ,舞踊など)でも十分可能であると主張するようになる。コラージュ療法は芸術の技法のひとつであるコラージュ(切り貼り遊び)を主として利用しようとするものである。すなわち,コラージュを通してクライエントは様々な心の内実を訴えることが可能となり,カウンセラーはクライエントの気持ちをより正確に理解することができるようになる,その結果,心理療法が進むという仮説から出発している。これまでの経験から,コラージュはこの相互交流の手段として,非常に重要な役割を果たすことができることが確認できた。単に美的作品を作るという意味でのコラージュ制作と,心理療法(コミュニケーション)としてのコラージュ療法とはこの点において明確に区別される。コラージュ療法では作品の美的価値は二義的な意味でしかない。
コラージュとは
さて,コラージュ(collage)とは膠(にかわ)による貼り付けという意味のフランス語である。collageの語源はコラーゲンcollagenに由来している。コラーゲンは細胞と細胞の隙間を埋めている繊維状のタンパク質で,接着剤,化粧の保湿剤,食材のゼラチンなどとして広く使用されている。方法は非常に簡単明瞭で,雑誌やパンフレットなどの絵や写真,文字などをハサミで切り抜き,台紙の上で構成し,貼り付けるだけである。
コラージュはもともとピカソ(Picaso,P. 1881-1973)やブラック(Braque,G. 1882-1963)によって芸術の一つの技法として20世紀の初め,1912年に登場してきた。芸術家が自分独自のものを創作するのではなく,社会的産物である既成のイメージを切り貼りして作品を作る。この発想の転換は,以後の20世紀芸術に大変革を与えることになった。
コラージュと心理臨床の関係
コラージュが心理臨床分野へ導入されるようになったいきさつははっきりしていない。 ピカソがコラージュを言い出す前に,すでに精神病の患者は自ら今日ではコラージュとされる作品を自発的に作っていた。しかし,医師たちはその重要性に気づかなかった。
最初は,1970年代初期,アメリカで作業療法のひとつとして導入された。後に芸術療法としても取り入れられるようになった。アメリカやヨーロッパでは,様々な芸術的技法が使われており,その中の一つとしてコラージュも使用されている。しかしながら,それだけを特別に「コラージュ療法」と呼ぶことはないようである。諸外国ではその起源がはっきりせず,多くの芸術療法のひとつという位置づけである。
日本におけるコラージュ療法の成立と発展
コラージュ療法は,諸外国の方法が日本にもたらされて発展したという経過とは事情が違う経過をたどることになった。また,本学会は外国の学会を真似て設立されたわけではない。諸外国で「コラージュ療法学会」として成立していることは聞いたことがない。
今日振り返ってみると,コラージュは日本の芸術療法分野の文献にもほんのわずか散見されるが(山中1986),これらが起点にまとまってコラージュ療法へと発展したわけではない。
コラージュ療法は日本において偶然の機会に見いだされ,独自の起源と発展をたどってきた。日本では箱庭療法が直接のモデルになっている。箱庭療法は1965年,河合隼雄先生によって,スイスから日本に伝えられ,その巧みな指導のおかげで大きく発展してきた。しかし,この方法はかなり大がかりな設備を必要とする。箱庭の設備のない環境においても,箱庭技法に匹敵するような有効性を持ち,かつ簡便な方法が求められていた。そのような中,1987年5月,森谷寛之はたまたま雑談中に,箱庭療法とコラージュの本質的関係に気づき,コラージュの重要性を再発見した。森谷は箱庭療法の本質とは,「立体のミニチュア玩具(レディ・メイド)を砂箱の中に並べることにある」(中村1984)という認識に至った。つまり,「平面の絵や写真(レディ・メイド)を台紙の上で組み合わせ,貼り付けること」でも箱庭療法と同じような効果を持つはずだと考えた。すぐに心理臨床実践に導入し,その有効性を確認し,理論化し,1987年12月に学会発表した。
諸外国では,コラージュと箱庭療法は無関係のままである。
コラージュは身近にあるパンフレットや雑誌から題材を借りることによって,絵も描けない幼児から老人まで幅広く適用することができる。また,健康な人から,うつ病や精神病水準の人たちまでも適用することができる。コラージュは,手軽さ,適用範囲の広さと表現能力の多彩さ,豊富さを特徴としてあげることができる。現在では,学校,病院,施設など非常に多くの場所で実践されている。
コラージュは比較的安全な方法であると言われている。それは日頃,見慣れたイメージを素材にしていることが一因である。また,いろいろな段階で表現を忌避することができる。表現しない自由も与えられている。切り抜きを選ぶ段階,いざ貼り付ける段階でも忌避できる。また,表現したくない場合,自分の気持ちとは無関係なイメージを敢えて貼り付けることができる。表現する自由と表現を忌避できる自由があることが重要である。このように比較的安全な方法とは言え,適用するにあたっては心理療法の基本ルールに則り慎重にするべきことは当然である。
今日ではいろいろな分野に適用され,多くの論文著書が出されている。
主な文献
コラージュ療法論文執筆にあたってのご注意
論文執筆の際には,「はじめに」の部分に過去の先行研究の業績が紹介される。著者はそれらを正当かつ批判的に業績評価した上で、自分の研究目的を述べるのがルールである。
コラージュ療法の研究では「はじめに」の部分で「コラージュ療法とは」と簡潔に述べ,出典を紹介する。そこに間違った事実の記述があり,それが引用を通じて、まるでウィルス感染のように次々に広がったことがある。2006年はじめに,これに気づいた森谷寛之・服部令子が問題を指摘した。それを受けた日本心理臨床学会,日本箱庭療法学会倫理委員会から2009年に,研究マナーについて注意勧告があった。(あいまいな記述,説明不足のために、本来森谷の業績に属するものが、他人の業績と混同される事態となった。謝罪と訂正が必要。)
森谷・服部の指摘と学会倫理勧告が,ウィルスに対するワクチンのような効果を発揮し、以後,徐々に間違った記述は少なくなってきている。
他方,まちがいを恐れるあまり,「はじめに」の部分において,先行研究を紹介しない論文が増えている。先行研究の無視も別の問題を引き起こす。
「あいまいさ」が引き起こした問題には、「明確さ」がその対処法である。
2019年現在においてもなお,5W1Hが明確に揃っているのは以下の通りである。
その他、誤解を与えた主なことがら(意味を正しく理解しよう)
詳細は以下の文献を参照